奈良地方裁判所 昭和43年(行ウ)3号 判決 1980年12月26日
主文
一 被告のなした別紙決定目録記載の審査の決定は、これを取消す。
二 別紙一覧表(一)<1>ないし<12>記載の各審査の決定につき、その取消を求める原告の訴えを却下する。
三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告と被告との間で、原告の審査の申出に対し、被告がなした別紙一覧表(一)<1>ないし<25>記載の各審査の決定は、いずれも不存在もしくは無効であることを確認する。
2 被告のなした前同各審査の決定は、いずれもこれを取消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告の本案前の答弁
1 別紙一覧表(一)<1>ないし<25>記載の各審査の決定につき、その不存在もしくは無効確認を求める原告の訴えをいずれも却下する。
2 同一覧表<1>ないし<13>及び<15>ないし<21>の各審査の決定につき、その取消を求める原告の訴えをいずれも却下する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
三 被告の本案に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告は、別紙物件目録記載の各不動産の所有者であり、かつその固定資産課税台帳に登録された固定資産税の納税者であるところ、昭和三一年から同五五年まで、別紙一覧表(一)記載のとおり、被告に対し、いずれも各年度の審査申出期間内に、同一覧表記載の不動産に関する固定資産課税台帳の登録事項につき、審査の申出を行ない、これに対し、被告は同一覧表記載の年月日ころ、各審査の決定を行なつた。
2 しかしながら、本件各審査の決定には、以下のような明白かつ重大な違法があるから、不存在もしくは無効であり、又は少くとも右取消を免れない。
(一) 先行する縦覧手続の違法
地方税法四一五条によれば、原則として毎年三月一日から同月二〇日までの間、固定資産課税台帳は関係者の縦覧に供されるべきことが定められているのに、奈良市税務課職員は原告に対し右台帳の縦覧を拒絶し、被告も、その口頭審理手続の際原告の要求にもかかわらず、価格の比較に不可欠な近隣地の台帳を全く縦覧に供しなかつた。
(二) 被告委員会の組織・構成上の違法
被告委員会は、固定資産の価格を決定する市長とは独立した中立的機関として設置され、その委員の任命には法定の手続を履践することが要求され、又一定の地位にある者は兼職を禁じられ、さらに当該市町村に対して請負をする者等は委員であることができないなど、その組織・構成上形式的にも実質的にも右中立性を確保するための配慮がなされている(地方税法四二五条、四二六条など)ところ、被告を構成する委員には、市議会の同意も市長の任命もなく、市と請負するなどの利害関係を有する者が委員となつているほか、被告委員会の書記には委員長の任命がなく、条例・規則で定められた市の税務課員以外の者がこれを兼職し、またその中には前市長と一定の身分関係にある者も存するなど、被告委員会は適法な任命手続を欠き、又は職務の中立性を疑わせる人員で構成されている違法があるから、被告のなした本件審査の決定も違法たることを免れない。
(三) 審査手続上の違法
被告の行うべき審査手続は、地方税法四三三条二項により、特別の事情がある場合を除き、口頭審理の手続によらなければならないとされ、また同条七項により、行政不服審査法の諸規定が準用されているため、右手続は、民事訴訟におけるように、当事者双方を対等の立場に置き、口頭審理を通じて、主張、証拠を提出させ、攻撃防禦を尽くさせることを要請されている。また、右手続は、固定資産税の課税における最も重要な要素である価格について、市長のなした決定が同法三四一条五号のいわゆる「適正な時価」であるかどうかを審査することが目的であるから、審査に際しては、市長又は固定資産評価員をして原決定が適正であることの根拠、すなわち土地について言えば評点数、標準宅地、路線価等を具体的に明示させ、価格決定に至る計算根拠を示させて、申立人が反論を尽くし、又は納得を得るための機会を与えなければならない。
しかるに被告はこれを怠り、右計算根拠を示させることなく、また原告に対し、最終的な意見の陳述をなす機会を与えずに、漫然右口頭審理を打切つたものであり、従つて、本件各審査手続においては、法律の要求する口頭審理手続は不存在にも等しいというべきである。
(四) 送達の欠如
被告は、いずれの年度分についても、原告に対し審査決定通知書を送達しておらず、従つて外部的に決定の効果は全く発生していない。
以上のような手続上の重大かつ明白な瑕疵を伴う被告の本件各審査の決定は、不存在もしくは無効であり、又は取消を免れないものである。
二 被告の本案前の主張
1 審査の決定につき不存在、無効確認を求める訴えについて
地方税法四三四条一項、二項によれば、固定資産評価審査委員会の決定に対する不服申立方法は、取消の訴えのみに限定されており、その不存在もしくは無効確認の訴えを提起することは許されていないから、原告の右訴えは不適法として却下されるべきである。
2 取消の訴えについて
取消訴訟においては、取消の対象となる被告の処分(決定)がなされたこと及び訴提起が行政事件訴訟法一四条に規定された法定の出訴期間内になされたことの双方を要するところ、原告の求める本件取消訴訟のうち、別紙一覧表(一)<1>ないし<4>(昭和三一ないし三四年度分)については、原告から被告に対し、審査の申出がなされた事実はなく、従つて取消の対象となる被告の審査の決定がそもそも存在しない。また同一覧表<5>ないし<13>及び<15>ないし<21>(昭和三五ないし同四三年度分及び同四五ないし同五一年度分)については、原告の訴え提起は、いずれも処分を知つたときから三か月以上を経過したのちになされており、出訴期間経過後の訴え提起にかかるものであつていずれも不適法である。よつて以上の各年度分についてその取消を求める原告の訴えは直ちに却下されるべきである。
三 右に対する原告の認否及び主張
1 被告の本案前の主張1は争う。
2 同2も争う。本件においては、いずれの年度分についても決定通知書の有効な送達がなされていないこと前記のとおりであり、右送達があるまでは、出訴期間の進行は開始しない。また昭和三一ないし三五年分についての審査の申出は断じて行なつている。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、昭和三一年度ないし同三四年度については、原告からの審査の申出はなされていない。また奈良市北風呂町八番地及び同所九番地の土地につき、原告が共有者の一人であることは認めるが、固定資産課税台帳に登録された納税者であることは否認する。
また昭和三五年度ないし四四年度につき北風呂町八番及び同所九番の土地に対する、昭和四八、四九年度につき同所二三番の土地に対する及び昭和五〇年度につき同所八番の土地に対する各審査の申出はなされておらず、被告においてこれらを受理もしていない。その余の事実は概ね認めるが、原告のなした審査の申出、対象物件、被告の決定内容、決定日及び決定通知書の送達日(発送日)等を正確にすると、別紙一覧表(二)(ただし、右主張に反する部分を除く)記載のとおりとなる。
2 同2(一)の事実は否認する。同(二)の事実のうち、被告構成委員に法定の任命手続が欠けること、市と請負している者が委員となつていることはいずれも否認する。被告の書記のうち市の税務課員以外の職員がこれを兼務したことがあることは認める。同(三)の事実は否認する。
五 被告の主張及び抗弁
本件各審査の決定は、以下のとおり、いずれも適法・適正に行なわれており、原告の主張する違法・瑕疵は何ら存在しない。
1 評価額の算出根拠について
固定資産の価格は、固定資産課税台帳に登録された基準年度の価格を、特別な事情のない限り、第二、第三年度の価格とすることが定められている(地方税法三四九条)ところ、右基準年度(本件については昭和四二年、四五年、四八年等)における土地の価格算出方法は以下のとおりである。
すなわち、本件各土地はいずれも宅地であるから、各筆の宅地について評点数を付設し、これに評点一点当りの価格を乗じてその価格が求められる。これを詳論すれば、
<1> 「市街地宅地評価法」により、同種地区の宅地中、主要街路の沿接地から標準宅地を選定し、その適正な時価に基づき、これに路線価を付設する。
<2> 各宅地について、右路線価を基礎とし、「画地計算法」所定の補正を施して各宅地の評点数を求め、これにその地積を乗じて当該宅地の総評点数を算出する。
<3> 評点一点当りの価格は、宅地の指示平均価格に宅地の総地積を乗じ、これをその付設総評点数で除した額に基づき自治大臣又は知事が定める。
ちなみに、右方法により三二番の土地の昭和四二年度の価格を具体的に算出すると以下のとおりとなる。
標準宅地は奈良市小太郎町一九番地の四で、その路線価は坪当り一万四、七〇〇円であり、本件三二番の土地については、奥行低減率三パーセントを減じた〇・九七を右路線価に乗じ、一坪当り、一万四、二五九点の評点数が付設され、これに右三二番の地積六五・一九坪を乗じた九二万九、五四四点に一点あたりの価格(一円)を乗じ、結局評価額は九二万九五四〇円(円以下切捨)となる。その他の土地、家屋についても右と同様の方法により算出される。
2 ところで、右評価決定方式につき疑義ある者に対しては、奈良市は固定資産課税台帳の縦覧時に具体的説明を行なつており、原告に対しても市職員が前記金額を明示して、しばしば説明を行なつている。被告は、原告の審査の申出の直後、いずれの年度分についても直ちに市長に弁明書を提出せしめ、書面審理及び現地調査を行うとともに、原告の出頭を求めて口頭審理を行なつているが、原告はその際、委員からの前記評価額算出根拠に関する説明申出を拒否したこともあり、また不服の理由と資料の提供についても、単に土地につき最高評価を求めるとするのみで具体的主張・立証を何ら行なわなかつた。よつて被告としては、原告に十分陳述の機会を与えたのち口頭審理を打切り、原処分につき審理を行なつて、何らの不当、違法がないものとして原告の申出を棄却するなどの決定を行なつたものであり、法の要求する口頭審理手続として何ら欠けるところはない。
六 右に対する原告の認否
1 被告の主張1は不知
2 同2は否認する。
第三 証拠(省略)
理由
第一 被告の本案前の主張について
1 本件無効確認請求の可否について
被告は、本件各審査の決定につき、無効確認を求める原告の訴えが不適法である旨主張するのでこの点につき判断する。
地方税法四三四条二項は、固定資産評価審査委員会の決定につき不服がある者は、これに対する取消の訴えのみによつてその効力を争うことができる旨規定しているが、右規定は、必ずしも取消の訴えの他に、行政処分一般につき重大かつ明白な瑕疵がある場合に通常認められる無効確認等の訴えを排斥する趣旨に出たものと解することはできない。けだし、固定資産の価格等についての決定及び審査は、固定資産税の課税手続中、中心的な位置を占めるものであり、納税者の権利義務に直接影響を及ぼす事項であるうえ、一旦右価格等が確定したのちは、もはやこれらについての不服は、固定資産税の賦課についての不服申立の理由とすることができない(同法四三二条三項)とされていることに鑑みれば、固定資産評価審査委員会の審査の決定に、取消事由を超える重大かつ明白な瑕疵があると主張する納税者においては、右取消の訴えのほか、出訴期間の制限に服することのない無効確認等を求める訴えを提起することが許されるものと解することが、同人の権利保護を十全ならしめるゆえんであると考えられるからである。よつてこの点に関する被告の本案前答弁は失当である。
2 本件取消の訴えについて
(イ) 昭和三一年度ないし同三四年度分について
原告は、昭和三一年度ないし同三四年度分についても、昭和三五年度以降と同様、別紙一覧表(一)記載の各不動産に関する固定資産課税台帳の登録事項につき、被告に対し、適法な審査の申出を行なつた旨主張するが、全記録によつても右事実を認めるに足る証拠はない。かえつて、公務員が職務上作成したことが認められるから真正に成立したことの認められる乙第八号証の一ないし四によれば、右各年度分の被告の審査事務手続処理のために作成された帳簿には、原告の氏名もしくはその所有する不動産は、何処にもその記載がなく、結局被告の審査の対象とはならなかつた事実を認めることができ、右に反する原告本人尋問の結果は、右各公文書の証明力に照らし、たやすく措信できず採用しない。そうすると、右各年度分については、原告が取消を求める被告の審査の決定はいずれも存在しないのであるから、原告の訴えはその対象を欠き、不適法として却下を免れない。
(ロ) 昭和三五年度ないし同四三年度及び同四五年度ないし同五一年度分について
被告は、右各年度分の原告の本件取消訴訟は、いずれも出訴期間経過後に提起されたものである旨主張し、適法な訴訟係属の存否を争うのでこの点につき判断する。
弁論の全趣旨と、いずれも公務員が職務上作成したことが認められるから真正に成立したことの認められる乙第七号証の一ないし八、同第一〇号証の一、二及び同第一三号証の一ないし七を総合すると、昭和三五年度ないし同五四年度分についての被告の審査決定書発送年月日及びこれに対する原告の本件各取消訴訟の訴え提起年月日は、別紙訴え提起状況一覧表記載のとおりであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。(ただし、訴え提起年月日は原告の訴状又は訴変更申立書の当裁判所受理の年月日である。)右事実によれば、昭和三五年度ないし昭和四三年度、同四六年度、同五一年度及び同五五年度の各分を除き、原告は、被告が審査決定書を発送した年月日からいずれも三か月以内に取消訴訟の提起(訴えの追加的変更の申立も含む)を行なつていることが明らかである。ところで昭和四三年度分については、審査決定書の発送がなされる前に、既に当該年度分の審査の決定につき、その取消を求める訴が提起されており、未だ右段階においては、取消の対象となる決定は存在しないこととなるうえ、訴変更申立書により、右が補正された昭和四四年一月二一日には、既に決定書の発送から約九か月の期間を経過しており、形式的には、右補正時には、既に出訴期間を経過しているものというべきところ、原告は、この間、継続して訴訟追行活動を行ない、これによつて昭和四三年度分の被告の決定に対しても、その効力を争う態度を表明しているものと解することができるから、右年度分についても適法な訴え提起があるものと解するのが相当である。また昭和四六年度分、同五一年度分及び同五五年度分については、決定書の発送日から三か月を経過したのち、いずれも一か月以内に各年度分の処分の取消を求める訴え提起がなされており、右期間は、審査決定書の発送から原告に対する送達完成までに通常要する期間として、必ずしも長きに過ぎるものとは考えられないから、右各年度分についても原告の訴え提起は、出訴期間内になされたものと認めることができる。しかしながら、昭和三五年度分ないし昭和四二年度分については、各年度分の審査決定書の発送がなされた年月日から、最も短いものをとつても約一年以上を経過したのちに至つてはじめて訴えが提起されており、出訴期間の徒過は疑う余地がないから、これらの各年度分については、原告の訴えは不適法というほかはない。(送達の有無についてはのちに考察する。)
以上から、本件各取消訴訟のうち、昭和三一年度分ないし同四二年度分の被告の審査の決定につき、その取消を求める各訴えは、不適法として却下を免れない。
第二 本案について
一 無効確認及び取消請求に共通する事実について
成立に争いのない乙第五号証の一ないし八、同第一一号証の一ないし七、いずれも公務員が職務上作成したことが認められるから真正に成立したことの認められる同第二号証の一ないし八、同第三号証の八ないし一一、同第四号証の三ないし七、同第六、第七号証の各一ないし八、同第九号証、同第一〇号証の一、二、同第一二、第一三号証の各一ないし七、同第一七ないし二九、同三二ないし四〇、固定資産評価審査申出書については弁論の全趣旨により真正な成立が認められその余の書類については前同真正に成立した公文書と推認される同第四一号証、いずれも原告作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分については前同真正な公文書と認められる同第三号証の一ないし六、同第三号証の一ないし六、同第四号証の一、二に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、別紙一覧表(二)記載のとおり、各該当年月日に被告に対し、同表対象物件欄記載の各不動産に関する固定資産課税台帳の登録事項につき、それぞれ審査の申出を行なつたこと、被告はこれに対し、同表記載の口頭審理期日に原告の出席のもとに口頭審理を行ない、同表記載の各決定年月日に、同表の結果欄記載内容の審査の決定をなし、同表決定発送年月日に原告に対し、いずれも審査決定書を発送したことの各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。(原告は同表に記載されたもののほか、昭和三五年度ないし四四年度につき北風呂町八番及び同所九番の土地、四九年度につき同所二三番の土地、昭和五〇年度につき同所八番の土地をも各審査の申出の対象とした旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。)
二 無効確認請求について
原告は、本件各審査の決定に種々の無効原因が存在したと主張するので、以下順次検討する。
1 縦覧手続の違法について
原告は、固定資産課税台帳の縦覧を拒絶されたことをもつて、被告の審査決定に対する無効原因であるかの主張をしているが、地方税法四一五条によれば、右縦覧は本来的に市長の義務として規定されており、その期間・場所等も限定されているのであるから、仮に原告主張どおり、市職員による縦覧拒絶が行なわれたとしても、のちの審査手続中に、被告において右台帳を縦覧に供する権限及び義務があると解することはできず、右違法は被告の決定手続に存する瑕疵とは何ら無関係というほかはない。よつて、右事実をもつて被告の決定に対する無効事由もしくは取消事由とすることはできず、この点に関する原告の主張は、主張自体失当である。
2 被告委員会の組織・構成上の違法ついて
法定の任命手続が欠ける者、法定の欠格事由の存する者など、本来審査の決定に関与する資格や権限を有しない者が本件審査の決定に委員として関与している場合には、右審査の決定は違法であり、その違法は重大かつ明白であつて、決定の無効を来たしうる事由と解せられるところ、原告は、右のような委員任命手続の欠如、欠格事由の存在につき抽象的主張をするのみで、何ら具体的主張・立証をしない。よつて、この点に関する原告の主張には理由がない。
尤も税務課員以外の市職員が、被告の書記としてその任にあたつていた事実は当事者間に争いがないが、奈良市固定資産評価審査委員会規則(弁論の全趣旨により成立を認める乙第一号証)第二〇条の、「委員会の書記は、税務課員をもつて兼ねさせることができる。」との規定は、書記の掌理する事務内容に照らし、同人が直接決定自体に関与するものではないから、市の立場に立つている税務課員であつても、書記の職務は執行しうることを注意的に規定したものであり、税務課員以外の市職員が被告の書記事務を担当することを全く禁じた趣旨に出たものとは解せられない。よつて右事実をもつて被告の決定に関する無効もしくは取消事由とすることはできない。
3 審査手続上の違法
原告の主張する口頭審理手続上の違法は、被告の決定を無効ならしめるだけの明白性・重大性を有するものとは解しえないから、右違法は、被告の決定についての取消事由たるに止まるものというべきである。よつて右違法の存否については、後記取消の訴えの判断の際に考察する
4 送達の欠如
地方税法四三三条八項は、審査の決定をなした時は、決定があつた日から一〇日以内にこれを審査の申出人及び市町村長に対し、文書で通知すべきことを定めており、右文書の送達は、他の行政処分一般におけると同様、決定の外部的効力発生要件と考えられる。従つて、有効な送達を欠く場合、審査の決定は不存在無効というべきである。
ところで、本件各審査の決定につき、原告に対する決定書の送達がなされているか否かを検討するに、前記認定事実と弁論の全趣旨を総合すれば、被告は毎年度の審査の決定後、別紙一覧表(二)の決定書発送年月日欄記載の月日に、原告に対し、それぞれ決定書の発送をなしたこと、ところが原告の不在を理由に右決定書が時折返送されてきたことがあるほか、原告は、しばしば決定書の受領を拒み、もしくは一旦受領したのちにこれを被告に対し速達郵便で返送するなどしたため被告は送達に苦慮していたこと、被告は返戻されてきた決定書をさらに書留郵便に付して原告にあてて郵送し、口頭審理の際には、原告に対し郵便受を作つて送達の便を計つてほしいとか、決定書の受領を拒まないでほしいなどと再三申入れていたことの各事実を認めることができ、右に反する証拠はない。右事実によれば、仮に決定書のうち原告への送達がなされなかつたものが存在するとしても、その原因は、主として受領を拒むなどの原告の態度に帰因するものであるから、自ら右事態を招いた原告としては、本件訴訟において決定書の送達がなかつたことを主張し、決定の効力を争うことは信義則に反し許されないものというべきであり、反面被告としては、地方税法二〇条の規定を準用し、決定書を郵送に付したとの事実を立証することにより、送達の不存在による不利益を免れることができるものと解せられる。従つて、前記一覧表中各発送年月日から、送達までに通常要求される日時の経過により、本件各審査決定書はいずれも有効に原告に対し送達されたものと推認され、この点に関する原告の主張は結局理由がない。
以上のとおり、原告の本件無効確認の訴えは、いずれもその主張においてそれ自体失当であるか、又は主張事実を認めるに足る証拠はないから、理由がないものというべきである。
三 取消の訴えについて
原告は、本件各審査の決定(ただし、以下においては前記第一の2によつて検討した結果、適法に訴え提起がなされていると認められた昭和四三ないし同五五年度分についてのみ判断の対象とする。)手続には、法定の口頭審理手続において要求される計算根拠の明示と、陳述の機会の付与が欠如している違法があると主張するので、この点につき判断する。
1 まず、被告委員会の審査手続について検討する。
地方税法四三三条等によれば、固定資産評価委員会に対し、審査申出人の申請がある時は、特別の事情がある場合を除き、審査は口頭審理の手続によらなければならず、右口頭審理を行うときは、審査申出人、市町村長又は固定資産評価員その他の関係人の出頭及び証言を求めることができ、右口頭審理は公開してこれを行うことが定められている。そして同法四三一条に基づき定められた奈良市固定資産評価審査委員会条例(前掲乙第一号証)には、その七条に、口頭審理を行う場合は、右審理の日時・場所を審査申出人及び市長に通知しなければならず、必要があると認める場合には、関係者相互の対質を求めることができ、口頭審理を終了するに際しては、審査申出人に対し、意見を述べ、かつ必要な資料を提出する機会を与えなければならない等規定されている。これらの規定からすると、被告の審査手続は、申出人の申請があれば口頭審理によることが原則であり、右口頭審理において申出人及び市長(又は固定資産評価員)が対立する両当事者として出席し、それぞれの立場から主張及びこれを理由あらしめるための証拠を提出する機会を与えられる。委員会は、原処分庁を通じ、又は自ら、最小限度申立人が評価に対する不服事由を特定し明らかにするために合理的に必要とされる範囲で評価の根拠・算出方法等を具体的資料により明示し、審査申出人をして具体的な不服理由を十分陳述させ、又これを裏づける証拠を提出させ、最終的に原処分庁の価格決定が正当に行なわれたか否かを判断する。以上のような手順によつて行なわれるべきであり、対質を求めなかつた場合にも、評価の方法・手順、根拠等を明示し、申出人の不服事由を特定すること、右不服事由に関し、申出人に対し主張・立証の機会を与えることの二点については、これを怠ることはできないものであつて、これを欠く委員会の手続は、公正を欠くものとして違法となるものと解される。
2 そこで、本件各審査における口頭審理手続が、右のような法の要求を満たしていたか否かを検討する。
前掲乙第二号証の一ないし八、同第九号証、同第一二号証の一ないし三、同第一七ないし二九、同三〇ないし四一号証、原告本人尋問(第一、第二回)の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件各審査決定における原告の審査申出理由(不服)、これに対する被告の決定理由及び右決定内容は、別紙審査申出理由等一覧表記載のとおりであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
ところで、前記1に記載した口頭審理手続における計算根拠明示等の要請は、申出人の不服内容との関連で判断されるべきであり、審査申出理由自体が明らかに失当であり、原処分庁の決定につき、ことさらその根拠・正当性を示させるまでもないような場合にまで右開示が常に要求されるものではないと解すべきである。
前記認定事実によれば、原告は、昭和四三ないし同四五年度において、対象土地につき、市長の決定した価格を低しとして不服を申立て、いずれも最高の評価を求めているほか、各年度につき北風呂町八番及び同所九番の土地につき、固定資産課税台帳に、共有者の一人である自己の氏名を所有者として登録すべきことを求めて審査の申出をするなど、不服に該当せず又は被告の審査事項の範囲外の事項につき審査を申出ていることが明らかであり、右のような申立はそれ自体失当であるから、そのような申立に対し、口頭審理手続において、計算根拠を明示することは何らの効果も期待できぬことが明らかであつて不要というほかはない。
また、地方税法四三二条一項ただし書きによれば、基準年度以外の年度においては、当該固定資産に特別事情等の評価替え事由に該当する事情がある場合に限り、審査の申出をすることができるのであつて、被告委員会の審理の対象は、右評価替事由の有無に限定され、その不服との関連で、現地の調査を行ない、原告の主張する特別事情等の存否を判断すれば足りるものと解される。
これを本件についてみるに、家屋についての昭和四三、四四年度分及び土地についての同四六、四七、四九、五〇、五二、五三、五五年度分各審査の申出は、いずれも基準年度以外の年度に該当するから、不服の理由は前記事由に限定され、審査の対象も右事由の有無に限られるものというべきところ、被告は、昭和四三年度家屋分については、現地調査のうえ、特別事情を認定して価格の減額修正を行ない、同家屋についての昭和四四年度分については、さらに現地調査のうえ前年度の修正価格を低限すべき事情をみい出さなかつたことが認められる。
また、土地に対する昭和四六、四七年度分申出は、不服自体が申出をなしうる事由に該当しなかつたため、これを不適法として却下し、その他の年度分については、いずれも現地調査を行なつたうえ、特別事情が認められないとして各申出を棄却したことが認められ、これらの事実からすれば被告は審査対象事項につき必要・十分な調査・審理を行なつているものということができ、原告主張の違法は存在しない。
一方、前同所三二番及び三三番の土地につき、近傍類地に比較して価格が高い等とする昭和四八年度、同五一年度、同五四年度の審査申出は、正当な不服であつて、原処分庁の決定根拠の正当性がまさに争点となるのであるから、被告としては前記1に記載した内容を有する口頭審理手続を行なわなければならないところ、前掲乙四一号証と弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和五二年度及び昭和五四年度の口頭審理において、原告の要求に答え、価格の計算根拠を具体的に明示し、もしくはこれを明示する姿勢を示している(これに対し、昭和五二年度の口頭審理において、原告は、右申出を拒んでいることが認められる。)ことが認められ、右事実からすれば、昭和四八、同五四年度についても適法な口頭審理手続が行なわれたことを推認することができ、これに反する証拠はない。
反面、原本の存在及び成立につき争いのない甲第一号証及び前掲乙第四一号証に明らかなように、昭和五一年度においては、被告は口頭審理に際し、評価の根拠を市長又は担当職員をして明示させる法的根拠はないと判断したかのような態度を示し、原告の評価の計算等の明示要求に対し「申立の希望は記録しておきます、なお本委員会は監査ではないのでよく理解しておいて戴きたい」旨答弁したことが明らかである。口頭審理手続における評価額算出根拠の明示義務は前記のとおりであるから右口頭審理における被告の態度が不当であることはいうまでもなく他に特段の事情のない限り、審査の決定を取消すべき瑕疵に該当すると解すべきところ、本件全証拠によるも、右特別の事情を確認することができない。そうすると、正当な不服申出のなされた昭和五一年度の前記三二、三三番の土地について被告のなした審査手続には、具体的な価格計算根拠等を全く示さなかつた違法があるものというべく、この点において右各決定は取消を免れないものというべきである。
結語
以上のとおり、原告の請求のうち、別紙決定目録記載の決定につき、その取消を求める訴えは理由があるからこれを認容し、別紙一覧表(一)<1>ないし<12>の決定につきその取消を求める訴えは不適法であるからこれを却下し、その余の原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
別紙決定目録、物件目録及び一覧表(省略)